室外機の調子が悪かったのでクーラーを動かせず、仕方なくベランダの窓を開けて寝付かれないまま本を読んでいました。
生ぬるいとはいえ夜の風が流れ込んできたし、少し離れた場所にある街道の騒音もそれほど気にはならなかったから。
「チリン」という鈴の音が風に乗って聞こえたような気がしたのは、車が走る音が妙に聞こえなくなった時でした。
風鈴か、風流だなあと思って読みかけの本に目を落とすと、またその音が聞こえました。今度はもう少し大きく。
大きくなったというより、近づいて来ているように感じた瞬間、ぞわっと背筋に寒いものが走り、部屋に戻って窓を閉めました。
というのもこの部屋はマンションの12階なのです。鈴を鳴らしている何かは、どうやってこちらに近づいているのでしょうか?
実はこのマンションと回りのマンション群は、なぜか飛び降り自殺が多いので地元では有名でした。
その年もすでに二件飛び降りがあって、一人は住人の中年男性、もう一人は同じ沿線に住む若い女性だったそうです。
そして、年に数回ある飛び降りのほとんどが夜というのも奇妙な感じで、近所の方とも「やはり昼は下が見えるから怖いのかしら」など話していたのを覚えています。
もっとも、それまで霊体験などなかった私は、あまり気持ち良いものではありませんでしたが、それほど深く気にしていたわけではなかったのです。
「チリン」
鈴の音は、それでも聞こえてきます。さらに近くでなっているようで、ちょうど2、3階下の辺りで鳴っているような感じです。
気味が悪く思いつつも、鈴の音を鳴らしている正体を突き止めたいという気持ちも出てきました。
そのとき、本当に偶然だったのですが、近くの薬局でもらった鏡が目に入りました。
安っぽい黄色のプラスチックの枠がついていて、その薬局の名前が入っているような手鏡。
後で考えれば田舎の祖母の「鏡にはこの世ならざるものが映るんだよ」という言葉を覚えていたからかも知れません。
少し窓を開けました。
相変わらず生ぬるい風が吹いており、鈴の音はもうほんの足元近くのように聞こえます。
私は、下の様子が映るように鏡を斜めに持った右手を窓から外に向かって伸ばしました。何が映り込むのかを期待しながら…
次の瞬間、ものすごい寒気がして、鏡がもぎ取られるように手から離れていったのです。
私は声にならない悲鳴を上げて、ガラス戸を閉めました。
そのあと、下の方でガシャンという鏡の割れる遠い音が聞こえました。
マンションに住む人ではなくてもご存知でしょうが、この高さから落とせばどんなものでも凶器となりえます。
ですから本来はすぐ確認すべきなのですが、その時は気が動転してベットの中で夜が明けるまで震えていたのです。
なぜなら一瞬の間ですが、手すりから突き出した鏡には、暗闇の底から伸びている真っ白な無数の手が映っていたからです…
もしあのときにベランダに出て下を覗いていたら、地面に叩きつけられていたのは鏡ではなくて私だったのかも知れない、今でもそう思うのです。


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